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大学は時間の無駄?現役大学生が考えてみた!

どうも皆さんこんにちは。モリスケです。4月から大学生をしているですが本当に現行の教育は日本の若者のためになっているのかがずっと疑問でした。大学に通っているけどなんだか自分のためになっていない気がする、通っていてむなしいと感じている人は少なくないのではないでしょうか。今回の記事ではその学生ならだれでも持つであろうモヤモヤした感情を解決することを試みてみます。

戦後に日本の教育は壊された

歴史に詳しく数多くの著書を書かれている小名木善行さん(通称ねずさん)によれば、日本の教育はGHQによる教育内容改革により変わってしまったそうです。戦前戦中までの学制は複線型と言って、尋常小学校卒業以降はそれぞれの目標や志向によって、さまざまな形の教育を受けることができました。しかし、戦後は小学校→中学校→高校→大学という単線型になっています。これには子供たちに選択の自由がないという問題だけでなく、もっと深い問題を内蔵しています。その問題が系統学習から問題解決学習への切り替えです。系統学習とは「なぜそのようになるのか、それによってどんな結果が起きたのか、それは将来にわたってどのような影響をもたらすのか」といった考え方により教育する方法です。それが戦後GHQにより、問題解決学習に代わってしまったのです。

分かりやすい例をねずさんのブログから引用させていただくと

問題解決学習の場合

(問)鎌倉幕府は何年に開かれましたか?

(答え)1192年

系統学習の場合

(問)鎌倉幕府は1192年に開かれました。なぜ頼朝は幕府を鎌倉に置いたのですか?

(答え)...。

といった違いになります。

わ…わかりやすい(笑)戦前の教育というのはあらかじめクイズ形式で答えが用意されているのではなく、自分で推論し答えを出していくものだったのですね。

しかし、ここで僕が小名木さんに反論したいのは記述式の問題や慶応などでは小論文も課されますし、系統学習もまだ少し残っているのでは?という疑問です。

ですが、戦後に記憶重視の教育に代わってしまったことは間違いなく、日本民族の優秀性をGHQが奪おうとしたという意図もあったらしいですね。

教育は人間という生き物の性質にあっていない?

次は泉谷閑示さんの著書「反教育論」を紐解いて考えてみることにします。

人間は集中力を省力化するためのメカニズムを備えているので、予測不能なものには最大限の集中力を発揮するが予測不能なものに対しては集中力を発揮するような無駄はしない。催眠術において催眠をする際に単調な刺激を与えて意識の覚醒レベルを下げる方法がとられるが、人間のその性質を利用したものである。つまり、単調な刺激では予想通りの事しか起こらないために集中力は徐々に撤退し、意識レベルが低下するのである。そこから考えればシラバスというものでカリキュラムをあらかじめ示し、指定した教科書に基づいて授業を進めることは学生に催眠をかけているに等しい行為である。引用ここまで

確かにシラバスで先を見て予想できる事なんてつまらないですよね。しかも僕の学校では再履修の先輩に聞いたところ、毎年同じスライドで授業をしているんだとか。(笑)時代は変わっていくものなのに同じこと毎年やっているとか無能すぎません?(笑)

教育が無駄だという決定的証拠

ここからは僕の持論なのですが、今までの推論のどれよりも教育が無駄だということが腑に落ちると思います。まず、情報を得るスピード、生産性です。教師の話を聞くよりも自分で本を読んだほうが断然早いです。さらに話を聞くだけだと耳に入れたことを一回で理解する必要がありますが、本なら何度も読み返し深い理解を得ることができます。高校のころまでは僕も本を読まず、ただ思考停止しながら惰性で生きていたので気が付きませんでしたが、読書をするようになってからというものの、日本の教育のあまりの非効率さに唖然としました。現在大学の講義を僕も受けていますが、教科書はすべて自分で先回り、つまらない授業は読書をして生産的に過ごしています。

最後に… 大学という思考破壊機関につぶされるな!

最後に僕が現代の大学生に言いたいことは大学につぶされてはいけないということです。大学教授が知識自慢するだけの90分の講義であなたの思考は確実に破壊されます。生徒の大半が寝たり、ケータイをいじったり、おしゃべりをしたりと、何の自分のためにもならないことをやっています。その中でも本を読んだりなどして、自分の思考を磨き、人格を陶冶していって、有意義な大学生活を送りましょう。

ABOUT ME
モリスケ
都内私大に通う政治経済好きな大学生。政治経済を中心に現代日本を叩き切る記事を更新していきます。